前回の要約
尊厳死法の原案は、まとめると以下のようなものでした。
【合法化したいこと】延命措置の不開始・中止
【対象者】終末期にある15歳以上の患者
【要件】任意の決定であること
適切な治療を尽していること
二人以上の医師が判定すること
医師といえど過つ存在です。また人の生命に関わることですから、慎重にことを決しねばなりません。そこで、不治であり死期がちかいことについて、二人以上の医師が判定すべきことが謳われているのです。適切な治療を尽していることも同様です。そして、
このように、医師の判断の独立性に疑念が生じた場合には、
のだと言います。それはもっともな話です。
ですが、
多くの疾患を抱える高齢者は、一つ一つの疾患は重症でなくとも、併せ技で生命を削ることもあります。各疾患ごとに専門医の意見を仰いだとて、目の前の患者さんの回復可能性や余命について、果してよい示唆が得られるでしょうか?またすべての疾患について、片っ端から専門医を受診し、全身精査を進めるのも、現実的とは思えません。かといって、平生の容体をよく知る医師(多くは開業のかかりつけ医)といえど、全ての診療科に通じている訳ではありません。専門分野以外では、適切な治療を尽したかどうか、不確定要素が残ります。
高齢者の尊厳死については、法案の運用を厳密にすると、膨大なコストがかかり、安らかな死を迎えるという趣旨から遠ざかる憾みがあります。逆に法案運用を簡素に済ませば、判断の独立性や専門性が等閑になり、二人以上の医師で確認することが空文化される虞があります。
ま、まだありまスカ?
言葉遊びは本意じゃありませんヨ
もっと実践に即した話をしたいデス...
ひひひ
まあそう言うなよ
院長肝いりのペテロ大先生だ
オレみたいなチンピラにも智慧を授けて下さるんだろ?
それは結構
じゃあ訊くが、尊厳死要件でいう適切な治療だが
具体例で教えてくれないか?
オッケー!
たとえば、がんの患者さんデス
がんに応じた治療―手術や抗がん剤、放射線治療を
十分な経験を持つ医療者の手によって受けていることデス
虚血性心疾患であれば、
再灌流療法やβ遮断薬、抗血小板薬などの薬物療法
高血圧、高脂血症、糖尿病などの管理、運動療法や禁煙教育も入りますネ
それもせずに、治療不可能、終末期だとするのは許されないことデス
ガイドラインレベルの治療すら、しばしばなおざりにされているわ
ちゃんと足元を見直すべきよ
なすべきことをキチンとなす
その為にも、二人以上の医師で確認するのが大事なんだね
何も死期が近いことの確認だけじゃない
出来ることはないか、良くなる方法はないかと
常に問い続けるべきだ
複数の疾患を保つ場合、誰が舵取り役になるべきか
黒鉄先生の批判もわかりますけど
常識的に考えて、治療を尽すことに異議はないっしょ?
なるほど、なるほど
いま挙げたようなことなら、俺にも否やはねーよ
いま挙げたようなことならばな
んんん......
その言い方だと、まだ何かありそうですね?
どこか変なところがありますか?
今度はこちらから事例を挙げようか
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者には
どんな治療が適切と言えるんだ?
運動ニューロンの変性によって筋萎縮を起し
筋力低下や嚥下障害、呼吸不全を来す病気ですね
進行性で、現在のところ根治できません
まず治療を尽すためには
他の疾患と誤診しないことデス
頚椎症や脊髄腫瘍、皮膚筋炎、HTLV脊髄症、重症筋無力症などを
ちゃんと除外することから始まりマス
その上で、治療薬リルゾール内服を行い、リハビリテーションや
療養器具の利用、介護体制の整備するのデス
そうだな、まあ他には特定疾患の登録、障害者手帳の取得も入るか
で
いよいよ嚥下障害が進み、メシが食えなくなったらどうするよ?
呼吸筋麻痺から呼吸不全になったなら?
もちろん本人の意思を確認してからでスガ
嚥下障害には胃瘻を造設して栄養補給を行い
呼吸不全には気管切開と人工呼吸器導入とを行いマス
その時期には会話が困難でしょうから
意思伝達装置も必要ですね
こちらは操作に慣れる必要があるので
早めの導入が理想的ですけど
まあ妥当だな
じゃあもう一つ
年寄りで認知症が進み、メシが食えなくなったし誤嚥もあって
自発性も低下し寝たきりになった場合は
何が適切な治療なんだ?
HaHaHa !
何を言うかと思えばそんなことでスカ?
その他の場合と同じですよ
治せる病気をちゃんと診断するコト、これが出発点デス
そして治せる病気がないのなら
年齢を考慮して自然な格好で看取るのデス
What ?
正気でスカ?治せる病気がないのなら
胃瘻を造って栄養補給しても意味がありまセン!
自力で食べられなくなれば、それは寿命というものデス
ああ?
ALSも治らない病気なのに、胃瘻造るって言ってただろうよ?
何で年寄りは看取りなんだ?
Youもわからない人でスネ!
年齢が違うでショウ?胃瘻を造っても先は長くありまセン
末期がん患者さんに胃瘻を造るのと同じデス
こういう論文もあるのです、もっと勉強して下サイ!
進行期認知症患者に、チューブや胃瘻で栄養しても
生命予後や誤嚥性肺炎の発生、QOLなどには
改善が認められないという論文ですね
もうオメーわ黙ってろ!
その論文は結構有名だがな、『チャレンジ!非がん疾患の緩和ケア』によると
後の研究では
経管栄養後の1年生存率は10〜90%と幅が大きく
信頼出来る研究結果はないということだぜ
諸家の報告では1年生存率40〜60%が多く
無治療で1〜2週間、末梢輸液で2〜3ヶ月くらいの予後だろ?
胃瘻に生命予後改善効果がないとは言えねえよ
たしかに
胃瘻で元気になったり、誤嚥性肺炎が減る人はいますね
あの論文ほどには予後が悪くないという印象です
ぶっちゃけ
ヤってみないとワカンねー
ってところだろ、胃瘻に限らずな
し、しかしやな
胃瘻みたいな特殊な治療を
年寄りにしてエエんか、っちゅう話ですわ
正味の話が
特殊もへちまもねーだろ
ALS患者には胃瘻が適切な治療に入る
そういったのはオメー自身だろーが
Sorry !
ハハハ、黒金君はとんち問答が好きでスネ
もっと素直になった方がベターですヨ
適当ぶっこいてごまかすなよ
胃瘻造ったら余命延長が期待できるし、他の疾患では通常治療として行われている
なら、弱った年寄りを胃瘻造らず看取ることは
不十分な治療で死なすことになるんじゃねーのか?
尊厳死の要件を満たさないよな?
ま、まあ
そういう考えもありますね......
またまた話がグダグダになってきたなあ
末期がんの場合なら、こういうことはないのに
おー
いいこと言うじゃねーか
高齢者終末期論がグダグダになる原因の一つはな
根治不能がんと同様の予後予測が難しいことにある
積極的に治療すれば低空飛行を続けることもあるし
見切るとそこでおしまいなこともな
あきらめたらそこで人生終了だよ
ですね♪
それはおいといて(スルー)
根治不能がんと認知症・加齢との経過は
だいたいこの図の通りになる
がん患者さんの場合は
死の1~2か月前まで比較的落ち着いた時期が続き
そこからガタガタっと悪くなる
また根治不能のことは、意識や知的機能に問題ない時期に知らされますね
認知症や加齢なら
徐々に全身の機能が低下し、感染症や軽度の脳血管障害、転倒・骨折を起しつつ
良くなったり悪くなったりしながら、死を迎えるパターンよね
ああ
いつから終末期なのかがわからんし
治療すれば感染症や脳血管障害を乗り越え
胃瘻造設で予後延長が見込めることもある
しかも容体悪化の遙か前から、意識レベルも知的機能も低下していることが多い
わかってんじゃねーか
がんとそれ以外の疾患とでは、経過が大きく異なる
がんをモデルとした終末期の扱いは、様々な齟齬を来すってこった
件の尊厳死法案では、複数の病気を抱えた虚弱老人をその対象とすることは出来ない
法案の運用によっちゃ、現場が大混乱に陥るかもな
I see ...
しかし、終末期が厳密にわからない、余命延長を期待できるという考えは
とにかく長生きが無条件で良いという思想に侵されていませンカ?
ほう
続けてくれよ
つづく
※この物語はフィクションです
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