長生きが無条件に良いとする思想は...
ちょ、ちょっと待って欲しいっす
話が複雑になってきて
僕にはもう何が何やら...
昨年末の国会に提出すべく、日本尊厳死協会や尊厳死法制化を考える
議員連盟(尊厳死議連)が尊厳死法案を作成したのが話の始まりだね
現時点では
2013年の通常国会に、議員立法として提出予定とある
世界一の高齢化社会は未曽有の多死社会だから
多くの人が安らかで尊厳ある死を迎えられるよう
きちんと考える必要があるわ
現状のように病院死が圧倒的に多いままだと
病院機能に支障をきたすおそれも
尊厳死とは何か?っすけど、日本尊厳死協会によると、傷病により「不治かつ末期」になったときに、自分の意思で、死にゆく過程を引き延ばすだけに過ぎない延命処置をやめてもらい、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えること、とのことっす!
提出予定の法案はこれ
終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法案(仮称)
治療不開始と治療中止とについて定めたモノだね
【合法化したいこと】延命措置の不開始・中止
【対象者】終末期にある15歳以上の患者
【要件】任意であること
適切な治療を尽していること
二人以上の医師が判定していること
終末期とは、適切な治療を尽しても回復の可能性がなく
死期が迫っていることを指す
延命措置とは
病気を治したり、症状を緩和したりするのではなく
単に生存期間を延長させるだけの治療ね
もちろん強制ではなく任意が前提だ
適切な治療を受けているか?終末期の判断に間違いはないか?
誤りの無いよう二人以上の医師でそれを確認する
手続きを踏んでなされた尊厳死については
医療者が殺人で処罰されることはないよ
たとえば根治不能がんの患者さんで
苦痛緩和は望むけど、延命措置は希望しない人の場合
元気なうちは生活も治療も普通にするけれど
いよいよ死期が近づき、呼吸困難や食思不振が出てきても
人工呼吸器につないだり、胃瘻栄養はしないということ
それについては異論ないと思う
死期が近づいていて、根治療法は出来ず
短期間の延命効果はあるかも知れないけど
苦痛緩和にはほとんど役立たない治療は
やらない方がイイ
ただ
高齢で認知症があり、脳血管、心、腎など
複数臓器に病気を持つ人の場合
終末期や治療の適切性を判断するにあたって
独立性や専門性が問題となるし
専門医受診・検査の手間やコストはかなりのものになる
安らかに死を迎えられるように、といいつつ
最後の最後で多くの専門科を受診し
たくさんの検査を受けなければいけないのも
趣旨に外れるような気がするわね
あと、高齢・認知症・複数疾患の人の場合は
何が適切な治療なのか?
延命措置の効果はどの程度か?
いつからが終末期と呼べるのか?
など、かなり議論のあるところ
根治不能がんとは経過が違うんだ
法案が想定している尊厳死の姿は
根治不能がんがモデルだと思うぜ
しかも判断力正常な中高年で
がん以外の病気がない患者がな
モデルの違いが齟齬を生み、齟齬を直さないまま法が成立すると
運用段階で大きな混乱が起るというんですよね?
ああ、そうだ
いわゆる終末期高齢者は尊厳死の対象にならない
それどころか、尊厳死を迎えることが出来る患者は
そんなに多くはならない
ところでこれを見てくれ、こいつをどう思う?
患者の権利として認められた治療拒否の権利と
尊厳死との包含関係を俺なりにまとめた
くわしく説明してくだサイ
もちろん若い医師のタメニ
私は理解してマス......
ああ、わかったわ
尊厳死法の運用を厳密にすれば、高齢者や神経筋疾患の患者さんは
胃瘻や人工呼吸で、決して短いとはいえない余命延長が期待できるから
死期が近いことにはならず、尊厳死法は適用できない
でもすでに、治療拒否権があるから、そちらで望まぬ治療を拒否できるということ
尊厳死法が成立・施行されても、対象者が少ないため
ある特定の疾患の、そのまたある病状の時にしか
尊厳死法は有効でない、死期切迫を条件にしたからな
そんな法律などなくても、治療を拒否する権利は既にある
エホバの輸血拒否や、神経筋疾患の人工呼吸拒否のようにな
じゃあ何のための尊厳死法なんだよって話だ
輸血や人工呼吸を拒むことは
それが死につながる場合であっても
すでに容認されていますよね
うーん、じゃあ尊厳死法なんて要らないともいえる
ちょっと待ってくだサイ
もう忘れましたカ?
治療中止によって事件になったことヲ
忘れちゃいねーよ
治療拒否の一部分だけでも司法介入を防げれば
たしかに医療者のストレスは減るだろう
ただ尊厳死の理念よりも、刑事免責が主になってるがな
安らかな死、尊厳ある最期という話からは
ちょっと離れてしまったわね
わずかな領域の刑事免責だけが法律の成果だなんて
尊厳死法の瑕疵はわかりまシタ
法の運用を弾力的にするなど、改善の余地はありまスネ
黒鉄クンが言及するいわゆる終末期高齢者のことでスガ...
おう
ジジババの話か
たしかに高齢者が終末期かどうかは
なかなか判定が難しいとは思いマス
そして胃瘻造設などで生存期間の延長が見込めるかも知れません
しかし、長生きすることだけに目を奪われてはいませンカ?
ああ
さっきそんなこと言ってたな
長生きしちゃいかんかね?
No !
そうは言ってまセン
ただ、長生きすることに注目するあまり
Quality Of Life(QOL)の重要性を忘れてはいないか
と言うのデス
尊厳「死」とはいうけれど
尊厳ある「生」、QOLのを抜きには語れませんよね
Exactly !!
なるほど胃瘻などの延命措置で
長生き出来るかも知れません
問題は長生きの中身なのデス
延命措置で長らえた生は、果して有意義な生でしょうか?
ほう
黒鉄クンが挙げた事例をもとに話を進めまショウ
高齢で、認知症があって、知的機能はおろか
意識レベルも怪しい人デス
いよいよ食べられなくなってしまい、胃瘻を作ったとシマス
栄養補給が出来ますから、なるほど何もしない時よりは
長く生きられることでショウ
しかし、その生は本人にとって有意義とは思えません
ふむ
よく考えてみてくだサイ
ベット上でずうっと寝たきりの人生デス
友人や家族と会話し、余暇を楽しみ、仕事をするなど
我々と同様には日常生活を送ることは叶いまセン
飲食するという基本的な喜びすら奪われているのデス
まあ、そうだろうな
その事例では
それだけではありまセン
胃瘻造設後もしばしば誤嚥し、痰量増加のため頻回の吸引処置を
余儀なくされたり、誤嚥性肺炎を繰返すこともありますし
尿路感染症、褥瘡、おむつかぶれに苦しめられることもありマス
拘縮で肘・膝が曲がり、衣服の着脱すら困難な人もいまスヨ
それで入退院を繰返す患者さんはいますよね
心臓病、腎臓病、脳血管障害などの併発疾患も
しばしば再発・増悪を起しまスネ
治療のたび点滴で皮膚は出血斑だらけで
ちょっとしたことで皮膚が剥れてしまいマス
原因のよくわからない微熱が続くことだって稀ではありまセン
全身がボロボロになって、そう、見た目もひどい状態になって死んでいくのデス
......。
そんな生が有意義なはずがありまセン!
苦痛に満ち、尊厳を奪われた生と言うほかありまセン!
しかし苦しむのは患者さんだけだと思いまスカ?
そうではありまセン
お世話をするのは家族か
老人ホーム・老人病院のスタッフ
ですね
苦しむという点では、家族も相当なものよね
自宅で看ているなら
なんだかんだ言って女の人の負担が増えるっす
妻、嫁、娘
家族介護の担い手は女の人っすから...
You're Correct !!
介護のために仕事を辞めざるを得なかったり
医療介護費用が重くのしかかったりします
何より、おむつ換え、胃瘻からの栄養注入、薬物投与、吸痰処置、体位交換といった
身体介護は一日も欠かせず、介護者は心身とも休まる暇がありません
介護地獄、か...
その延長線上に
老人虐待や介護殺人があるのよね...
ところで
みなさんは老人病院で仕事したことがありまスカ?
ありませんっす!!
そんな強調せんでイイ
ありませんっす、って何語だ
胃瘻の高齢患者さんが大部屋に大勢寝ていて
決った時間に一斉に注入を始めるのデス
外れるあてのない人工呼吸器はシューシューと動き続け
痰を吸引する音が四六時中聞えますが、一般の病棟と異なり
患者さん同士、患者さんとスタッフと会話が聞こえることはありません
なんだか
すごいところですね
食事時になっても配膳車はやって来まセン
ほぼ全員が胃瘻か点滴で栄養されているからデス
看護師詰所には壁にかかった注入チューブがずらりと並び
食事かわりの栄養剤が積み上げられています
少ない人手で回しているため、注入、吸痰、おむつ交換に追われ、さながら戦場デス
老人病院と聞くと
仕事も簡単で、定時に仕事が終わるイメージですが
違うようですね
しかも常時何人かは発熱していて、呼吸不全、心不全を起こしていたり
嘔吐下痢に悩まされたりしているのデス
多忙な業務に追われる中
時にこんな考えが頭の中をよぎります
この状態で生かされていて、本当に仕合せなのかな?
安らかに逝けた方が良かったのではないか?と
医療者ですら、この生に意味はあるのか?
安らかに逝けた方が良くはないか?
そう思ってしまうほど
あまりにもQOLが低い高齢患者さんが多いのですね...
胃瘻造設を決め、気管切開を依頼した家族は
見舞いに来ることすらまれデス
黒金クン
高齢患者さんのアドボケイトを気取る黒金クン
これでもまだ、命長らえることだけが大事だと思いまスカ?
つづく
※この物語はフィクションです
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