眠られぬ当直（よる）のために—尊厳死・平穏死編

ふう、やっと患者さんが途切れたよ
夕飯食べてないし
ワタミ流賄いカップ麺でも食べるかなあ

Oh!!!
こんな夜中にカップ麺とは

Are you a 赤貧チルドレン？

らっしゃい！
......じゃなくて
どちらさんすか？

今日赴任したドクターだよ
YouのようなBoyには
informされていないか
HAHAHA!
無理もnothingだ

ああ、そうっすか！
ボク、救急医の酒井 和民（さかいわたみ）っす！
失礼ですが先生のお名前は？

Oh!
これは失敬、私は
彩文=ペテロ=上流（さいもん ぺてろ のぼる）
院長特命で若いドクターたちをティーチングしにきたよ

よろしくおなしゃっす！！

......必要かといわれると
必要かも知れないな、とは思うんですけどねえ

うんうん、そうだね
未曾有の高齢化社会
多死時代に突入することでもあるしね

あれ？ミッちゃんに豚児先生
何を話し込んでるんですか？
当直じゃなかったはずでしょ

あら、和民くん
当直じゃないんだけど、いま患者さんを
看取ったところで、遅くなっちゃった
テレビでいま尊厳死法制化のニュースが
流れていて、豚児先生とそれについて話してたの

ボクはそれに付合ってたってわけさ
特に用事があるわけでもないけど
ほら、何となく病院に居ちゃうクセが
ははは...

Oh!
それはいけませんね、豚児くん、ミッちゃん
メリハリをつけて仕事する
クレバーなドクターにはマストですヨ

誰？

この人、誰なの？
気安くミッちゃんなんて呼ばないでくれます？

ああ、こちらは院長先生の特命で指導に来られた...

彩文=ペテロ=上流（さいもん ぺてろ のぼる）です
ペテロで構いません
ところでフロイライン（お嬢さん）
いま尊厳死について話しておられたのでは？

そうなんですよペテロ！
いま尊厳死について...

Hey!
Youには訊いてないね！
こちらの美しいフロイラインに訊いているのだ

感じ悪！
横文字並べて意識高い系かよ？

意識高い系っつうより
ほら吹き漫才系じゃねーのか
うひゃひゃ

ああ
大金持ちのおぼっちゃま

みんな、笑えよ〜

って違うわ！！！！！

そのネタ
若手には解りません

くっさいネタは置いといて
尊厳死法制化の話題よ
ブログ的には

法制化議連も動いてると聞くけど
具体的にどんな内容なのか
ボクはよく知らないなあ

そうだそうだ
ちょっと話を聞かせてくれよ

第拾八話 見知らぬ、天丼

　　　　　　　　　　　

この病院は病棟に救急に大忙しだね
今日は老人ホームの訪問診療だ
喧噪を離れて、ゆっくり診察出来るかな

訪問には私が同行します
結構楽しいんですよ♡

 

よろしくお願いします
あのお、まさかヤクザの老人ホーム
なーんてことはありませんよ、ね？

 

それはないです。
堅気の老人ホームですよ
心配性ですね先生は
そんなことでは貫目が知れますよ

だから堅気とか貫目とか
業界用語は止めてもらえませんか...

Bad Newsは突然に

そろそろ病状説明か
今日は外科と一緒に診てる患者さんもいるな

んん～厳しいね
大腸がんで肺にも多発性転移がある
根治不能だ

患者さんはまだ結果をご存じないですね
病名は告げられてるみたいですが

患者さんに悪い報せを伝えるときは
親族や患者さんが信頼してる人に同席してもらい
部屋や周辺環境を整え
内容はもちろん口調や言葉にも配慮しないと

いやいやいや、仰る通りですがね
悪い報せを伝えるのに
ハイリスク要因を抱えているでしょう
アレとか

ああ、アレ...じゃなくて田原先生な
今日は学会で留守にしている
だから大丈夫！

 

あの人も学会行くのか...
ま、まあ今日は告げるに良い日ということですか

 

その通り
じゃあ行こうか



 

眠られぬ当直（よる）のために６

前回（眠られぬ当直（よる）のために５）のつづき

胎児の障害が理由の中絶を認めること（胎児条項）は、障害者を無用の存在と公的にみなすことに繋がり、周囲のそういったまなざしは、障害者の自尊感情を損ってしまいます。

でも...
いま生活している障害者に対して
実体的な不利益を与えないのは間違いないっす

と彼は言いますが、出生前診断により障害児の出生が減少すれば、

つまり出生前診断と中絶とによって
ダウン症や二分脊椎などの障害者出生が減れば
既存の治療やケアのリソースが失われるってことさ

そうだ
しかも一度失われたリソースを回復するのは難しい
生きる権利の保障は、空手形を振り出すことじゃない
治療・ケアの質・量が乏しくなれば
実体的不利益を与えることになる

ことが判りました。これは出生前診断先進国・イギリスで実際に起っていることだといいます。坂井律子（著）「ルポタージュ 出生前診断―生命誕生の現場に何が起きているのか？」によると、

アリソンさんは、医学者の考え方やその開発した技術によって、明らかに二分脊椎の人たちに「不利益」、それも「いま生きている人たちの命をも脅かす不利益」が降りかかっているというのである。患者の数が減ることによって、医学の主流ではなくなり、新人医師が育たなくなっているという...エジンバラ大学病院で二分脊椎の病棟を探したが、「昔はあったが」と言われ、見つからなかった。

（第六章 生と死の選択 196ページ）

「客観的な数字として二分脊椎の専門医が何人減ったか、というデータは持ち合わせていません。しかし、現場で二分脊椎を診ている医師も、アリソンさんと同じように感じていますよ」と語る。

（第六章 生と死の選択 196ページ）

イギリスではもう10年以上前に
実体的な不利益が生じているようなんだ
そして、治療やケアの技術が失われるだけでなく
もしかするともっと根本的なところで
大きな変化が生じていないかと指摘しているよ

さらにアリソンさんの話は、注意深く聞くと、もうひとつ重要なことを提示している。そもそも「二分脊椎の子は救命するにあたらないとした、ローバー※1の考え方とスクリーニングの技術躍進」は「死の技術であり、哲学だ」と言っている。「治療しなくてよい」、「中絶してよい」という考え方が現実になったことで、医療現場に「治療しよう」という意欲が失われているのではないか、生命観が変わったのではないかとアリソンさんは言う。
※1　ジョン＝ローバー：二分脊椎児の治療・リハビリに当ったイギリスの小児科医。予後の良くない児を治療しない、選択的治療停止の基準（ローバーの基準）を発表した

（第六章 生と死の選択 197ページ）

障害を理由とした中絶などにより障害児の出生が減れば、自尊感情の破壊や蔑視だけでなく、実体的な不利益をもたらすことが判りました。個人の選択が他者の利益に関るということは、単純に選択の自由やプライベートな問題といって、済ませられないことかも知れません。

眠られぬ当直（よる）のために５

前回（眠られぬ当直（よる）のために４）の要約

かつての優生保護法も、現行の母体保護法も、胎児の障害を理由とした中絶を許可していません。しかし実際は、胎児の障害を理由とした中絶は行われています。この乖離を解消するため、障害事由の中絶（胎児条項）を認める動きもありましたが、障害者団体の強い批判を浴びたため、今だにネジレは残ったままです。胎児条項は命の選別を正当化し、障害者差別を招くとの声によって。

しかし...

だってさあ、おかしくない？
昔のように強制断種はしない
もちろん強制隔離もしない
出生前診断で障害者福祉を減らそうというのでもない
それなのに何で差別なんすか？

との疑問が出ました。これに対して...

胎児条項を入れることによって
障害者は無用の存在と公的に認めることになる

障害者にマイナスのまなざしを送ることで
自尊感情を損なう

と指摘されました。
それは確かに問題です。

でも...
いま生活している障害者に対して
実体的な不利益を与えないのは間違いないっす

と彼は自信満々に言いますが...

本当にそうなのかあ？